【BBB】6.お前など知らん
2009-11-07 Sat 17:36
 予想外の場所で、有り得ない姿で彼らは鉢合わせしていた。
 吸血鬼の中で”銀刀”と言えば、知らない者の方が少ない。香港戦争の英雄であり、あの賢者イヴの血族として名を馳せる青年だ。赤いスーツと帽子、腰まで届きそうな長い黒髪が、間違いなく彼がかの有名な”銀刀、望月ジロー”だと物語っていた。
 銀をコーティングした刀は置いてきたらしい。
 対する美少年は、ブランド物のスニーカーとジャージ、ニット帽という軽装で凍り付いていた。”緋眼のゼルマン”、闘将アスラの三世であり800年を生きた年長の吸血鬼だ。後ろには私設秘書のサユカがブランドの紙袋を両手に持ち、大和撫子さながら3歩控えて立っている。
 そしてここは、特区でも指折りのショッピングモールだった。

「あれ? ゼルマンさんじゃない?」
 ミミコの指摘に、後ろの荷物持ちが蠢く。だが、目の高さまで積まれたトイレットペーパーで見えないらしく、赤いスーツが見え隠れした挙句・・・・絶妙なバランスを保っていた荷物が崩れた。バラ撒かれたトイレットペーパーを力場思念で弾いたゼルマンが、大きな溜め息を吐く。
「・・・・お知り合い、ですか?」
 後ろから掛けられた声に、ゼルマンは即答した。
「いや、知らないな」
 ブランド店の店員は「さもあらん」と頷く。そしてサユカが微笑んで渡した荷物をすべて受け取り、配送の手配を始めた。
「早く拾うのよ、ジローさん!」
 何かの景品なのか。どこかトイレから奪ってきたのか。
 トイレットペーパーは袋詰めされたものではなく、それ故に乱暴に拾うと解けてしまう。丁寧にジローの手にロールを積み重ねるミミコの表情は真剣そのものだった。
「ちょっと動かないで・・・また崩れちゃうでしょ」
 ミミコの叱咤にあたふたしている姿からは、とても”銀刀”の名は想像できない。というより、吸血鬼としてもどうだろう・・・。見ないフリを決め込んだサユカが、店員から送り状の控えを受け取って微笑んだ。
「ゼルマン様、今日の予定は以上です」
「帰るぞ」
 銀刀の情けない姿から目を背けたゼルマンへ、泣きつくジローの声が飛んでくる。
「そんな・・・ゼルマン、酷いですよ。手伝ってくれたって・・」
 どうやら上客であるゼルマンの知り合いと判断したのか、店の人間が手伝ったものかを視線で問いかけてきた。ニット帽をぐいっと目深に被りなおし、ゼルマンは一言で切り捨てる。
「気安く呼ぶな、お前など知らん
 背後から「え〜、酷いじゃないですか〜」とぼやく声が聞こえ、ゼルマンの口元に苦笑が滲んだ。
”和菓子を用意しておいてやる。あとで屋敷に顔を出せ”
 念話を使ってジローの機嫌を取る。彼に対して非情になり切れないゼルマンだが、さすがに今の状況で衆目を集めながら、トイレットペーパーを拾う気にはならなかった。

 おまけ:
「助けてくれても良かったのではありませんか。両手は開いてたんですし・・・あ、ありがとうございます」
 文句を途中で遮るため、ゼルマンは自分の前に置かれた羊羹をひとつ摘んで差し出す。指で摘んだ羊羹を、ジローがぱくりと直接口に咥えた。
 いい大人の仕草ではないが、可愛いと思ってしまう自分に呆れる。
 雛鳥に餌をやる気分だな。
 ゼルマンは肩を竦めて、皮肉気ないつもの笑みを浮かべた。
「ならば聞くが、俺がトイレットパーパーと戯れるのが見たいか?」
 絶世の美貌で嫣然と誑かしに入ったゼルマンに、ジローは喉を鳴らして口を噤み、次いで頬を赤らめて俯いた。
「・・・・・・卑怯です・・」
 惚れているのを見抜かれている。
 くくっ・・・喉を震わせて笑ったゼルマンが手を伸ばし、俯いた顎を白い指先で優雅に上向かせた。視線が合うより早く目を閉じたジローの唇を奪う。
「これで許せ」
「・・・はい//////」
 さらに赤くなったジローの黒髪を指で梳きながら、ゼルマンは外では見せない甘い眼差しを若い吸血鬼へ注いだ。その部屋の外で、お茶のお代わりを持ったまま固まるサユカの姿が目撃され・・・夜会の吸血鬼の間でしばらく噂になったとか、ならなかったとか。

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【BBB】5.愚か者めが!
2009-11-06 Fri 13:22
 血がざわめく。
 見上げた夜空に輝くのは、満月―――その美しく清浄な青白い光を浴び、少年は口元を僅かに歪めた。まだ15.6歳の外見に似合わぬ、世界を知り尽くしたような微笑が浮かんで消える。真っ赤な炎を思わせる髪をニット帽に包み、同色の鮮やかな瞳を細めた少年は・・・誰もが息を呑むような美貌の主だった。
 緋眼のゼルマンの二つ名を持つ、800年以上を生きた古血だ。
「・・・・騒がしいな」
 意識の端を掠める怒声と気配に、上機嫌だった彼の表情が曇る。折角の月夜が台無しだ。
 10階建てのビルの屋上、落下防止のフェンスにバランスを取って立つゼルマンは真下を見下ろした。人間なら目が眩んで吸い込まれそうな高さを気にした様子はない。何か予感めいた感覚が走り、ゼルマンは緋色の瞳を細めた。

「待ちなさいっ!」
「そう言われて待つバカがいるか!!」
 確かにそうですね。
 思わず納得してしまったのは、赤いスーツに身を包む青年だった。名を望月ジロー、賢者イヴの血族であり100年以上を生きた古血である。目深に被った帽子も、左手に掴んだ鞘に収まった刀も、彼の二つ名同様有名なトレードマークだった。
 ”銀刀”―――吸血鬼にとって絶対的な弱点である銀でコーティングされた刃を操る、同族殺し。
「ですが、待っていただかねば困ります」
 ふわりと敵の目の前に着地する。5人の”転びたて(アンダー・イヤー)”達は立ち止まらねばならなかった。赤いスーツの裾を翻し、ジローは獰猛な獣さながら牙を剥いてみせる。
「大人しくすればケガをしなくて済みますよ」
 びくりと竦んだ吸血鬼5人が顔を見合わせ、「煩せぇ!」と吐き捨てた。どうやら反抗するつもりらしい。自分達より年長で実力が上の相手へ、本能が鳴らす警告を無視して飛び掛ってきた。
 軽い所作でひらりと避けたジローが剣を抜こうとした瞬間・・・予想外の方向から銃声が響く。
「・・っ」
 噛み締めた唇に牙が刺さり、血が零れる。殺しきれなかった呻きが吐息に紛れ、ジローはがくりと膝をついた。背を掠めて左二の腕を貫いたライフル弾、狙撃に気づいていれば力場思念で止めたが、油断していたジローは忌々しげに唸る。
「・・まさか、銀・・」
 弾頭に銀を混ぜてあるライフル弾は、対吸血鬼用装備だった。一般的に手に入る筈がない。
「・・何だ?」
「よくわかんねぇけど、助かったのか?」
 口々に確認しあう転びたてが踵を返した。このまま逃がしてしまっては・・・立ち上がろうとしたジローの手が銀刀を杖に身を起こしかけ、走った激痛に崩れ落ちる。
「そこまでだ! 吸血鬼共!! 大人しく降伏しろ」
 拡声器で叫ぶ人間の声と同時に、複数の方角から銃の安全装置を外す音が響く。カンパニーの鎮圧チームが駆けつけたのだ。
「やっちまえ!」
 相手が人間だと判断した途端、強気で応じた転びたてが次々と銃弾で倒れていく。吸血鬼といえど、銃弾が当たれば血が流れ動きは鈍る。その上、鎮圧チームは吸血鬼対策用の武器を多数所持していた。数ヶ月前まで人間だった5人が敵う相手ではなく、あっという間に拘束されていく。
 ほぼ鎮圧が完了したと思われた場へ、赤毛の少年は現れた。拘束された転びたてを一瞥し、奥で崩れるように倒れた古血に目を留めると剣呑な空気を纏う。
「銀刀?・・・・どういうことだ」
 顔を顰めたゼルマンの問いに、鎮圧チームの男が口篭る。
「いや・・」
「話せ」
 赤い瞳に宿る視経侵攻(アイ・レイド」に、隊を指揮している男は逆らう術を持たなかった。
「狙撃チームの、ミス・・で・・・弾・・・が・・」
「何?!」
 狙撃チームが対吸血鬼用に使用する弾には、銀弾頭が含まれる。それを受けたとしたら・・・・。立ち上がれずにいる銀刀ジローの姿を見れば、疑念は確証に変わった。
 舌打ちしたゼルマンが男を押しのけて、傷から白煙を上げて倒れ伏すジローに歩み寄る。
「おい、生きてるか?」
「ええ・・・なんと、か・・・」
 呻いて起き上がろうとするジローの左腕から流れる血に目を細め、ゼルマンが渋い顔で肩を掴んで無理やり引き起こした。そのまま左側の壁に叩きつけ、倒れないよう押さえ込む。
「う・・・ちょ・・・乱暴な・・・」
「黙れ、愚か者め!
 抗議するジローを罵倒する。白煙を上げる傷口に未だ弾頭が中に残っていると知り、派手に舌打ちした。焼け爛れる傷口は銀によって塞がる気配がない。吸血鬼のすべての血統が弱点とする銀・・・迷ったのは一瞬だった。
「動くなよ」
 壁に押し付けたジローの体を左腕一本で軽々と支え、右手を彼の傷口に押し当てて一気に指を突き刺した。
「・・・くっ」
人差し指の先が硫酸で焼かれるような激痛に襲われ、さすがのゼルマンも歯を食いしばる。
「ぐぅ・・・・・、やめ・・・あ・・ぁっ」
 悲鳴を上げて身を捩ったジローが重くなる。どうやら激痛に気を失ったらしい。
 指先を焼く銀弾頭を無理やり引き抜き、地面に放り出した。ジローの血に赤く染まった指が白煙を上げる。しばらく待てば治癒するが、銀に触れた傷は治りが遅い。
「・・・・・・誰が死なせるか」
 小さく呟き、ジローを肩に担ぎ上げた。
「あの・・・・」
「コイツは俺が預かる。文句はないな?」
 疑問形をとりながらも、ゼルマンの言葉は反論を許さない。眇められた物騒な緋眼に、鎮圧チームの責任者が気圧されて頷いた。
 夜会を仕切る大吸血鬼に逆らう勇気など、彼らにはなかった。
 自分より大きな男を担いで歩きながら、ゼルマンは己の右手を見つめる。銀に焼かれ白煙を上げた皮膚は、ようやく治癒の兆しを見せるものの、まだ痛々しい傷痕を残していた。
 闘将アスラの血は戦いを好む。己の血が求める戦いに明け暮れたゼルマンが、他の血族であるジローを救う為に傷を負った。今までのゼルマン・クロックの生き方を覆す行為だが・・・
「ふん、悪くない」
 満足げに呟いたゼルマンの口元に、他者を魅了する艶やかな笑みが浮かぶ。彼らの上に、月が加護の光を降り注いでいた。

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【BBB】4.助けてやってもいいが、条件がある
2009-11-04 Wed 17:41
 久しぶりの失態・・・・腹部の傷を押さえて、ビル影に倒れこんだ。上から注がれる天の恵みが全身を濡らし、壮絶な痛みを齎す。
 流水はジローにとって硫酸を浴びるのと変わらない苦痛を感じる。ケガに沁みる激痛に、もう動くことすら出来なかった。白く立ち上る煙をぼんやりと見つめながら、ゆっくり目を閉じる。
「すみません・・・アリス」
 貴女に血を還す前に死んでしまうかも知れません。
 コタロウ、ミミコさん・・・・。
 ふと・・・雨が何かに遮られる。怪訝に思ったジローが開いた目に、真っ赤な色彩が飛び込んできた。吸血鬼にとって、命を繋ぐ――――血液と同じ赤。
「ったく、何やってんだ・・おまえは」
 ぼやいたゼルマンが大きく溜め息を吐く。後ろから傘を差しているのは、自らは雨に濡れて佇むサユカだった。もっとも、彼女が傘を差して濡れないよう気遣っている相手は、あくまでゼルマン1人なのだが・・・。
「寄越せ」
「はい、ゼルマン様」
 忠実なる僕(しもべ)から大きな傘を受け取り、ゼルマンがジローの上に翳した。しかし今更少しばかりの雨を凌いだところで、流れた血と失われた力は甦らない。
「銀刀の名が泣くぞ」
「・・・・放っておいてください」
 呟いたジローの弱りきった様子を見ていたゼルマンが舌打ちし、己の手首を目の前に差し出した。
「吸え」
「・・・いりません」
 弱っているくせに強がる。
 普段なら笑って肩を竦めるゼルマンだが、この状況ではジローの強がりを許す余裕などない。細めた赤い瞳が物騒な色を浮かべ、すぐに一度瞬きをして表情を変えた。
 にやりと口角を引き上げて笑みを作る。
「誰がタダでやると言った。助けてやってもいいが、条件がある
「・・・・・条件、ですか?」
 眉を顰めたジローが尋ね返すのを待って、美貌の吸血鬼は嫣然と笑みを深めた。
「ああ・・」
 これは交換条件だ。だから遠慮する必要はないと、緋眼の少年は年若い剣士に告げた。
 もう一度手首を目の前に突きつけられ、迷うジローが視線を向ける。白い肌の下に流れる血の存在を感じ取った本能は、生き残ろうと足掻き始めていた。伸ばした手が触れる直前、我に返ったようにジローは手を引っ込める。
「チッ・・・手のかかる奴め」
 自らの手首を食いちぎったゼルマンが、再び血の滴る左手をジローの口元に押し当てた。
「ゼルマン様?! 何をっ・・」
 叫んだサユカの声も遠く、ジローの耳には届かない。
「あ・・・・っ」
 もう我慢など出来なかった。理性を凌駕する本能が咆哮を上げる。ぺろりと血を舐め取った途端、長く伸びた牙を白い肌に突き刺した。流れ込む赤い血と温もりがジローの体を満たしていく。
 人間の血より濃く・・・・そして甘い。
 ごくりと喉を鳴らして飲む度、体の傷が癒えていくのを感じた。
 目を伏せて耐えていたゼルマンが艶やかな赤毛を掻き上げる。物憂げな仕草がひどく色っぽい。
「・・・満足したか?」
 揶揄うゼルマンの口調に、ジローは呆然としながら牙を抜いた。肌に残る傷は僅かで、ほとんどが治癒している。
「なら、この借りは今度返してもらうとしよう」
 傘を置いて立ち上がったゼルマンは、何もなかったように左手をポケットに突っ込んで歩き出す。慌てて後ろを追うサユカの訴えを無視し、雨の中に消えた。
「・・・・・なんとも、浅ましい限り・・・ですね」
 自嘲が口元を彩る。
 吸血鬼である以上、血を吸うことは生命活動を維持する為に必要だ。割り切っているつもりだったのに、彼には見抜かれていた。
 浅ましい本性―――それを、ゼルマンには見せたくなかったのだ。彼に血を吸われても、与えられることに慣れても、こんな状況で本能のままに振舞う姿を見られたくなかった。
 なんという・・・・欺瞞。
 顔を上げれば、彼が置いていった黒い傘が視界を遮っている。まるで涙を流すジローの顔を隠すように。傲慢で皮肉屋で、他者を簡単に切り捨てる冷酷な彼の・・・知られざる一面だ。
 傘を持ち上げれば、雨はもう止んでいた。
「借りは必ず返します」
 呟いたジローの声に、もう暗い感情は窺えなかった。

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【BBB】3.野心、ただそれだけだ
2009-11-03 Tue 14:09
 ニット帽を軽く抑え、摩天楼を見下ろす。燃えるように赤い髪と同色の瞳が特徴の吸血鬼は、摩天楼に聳え立つ高層ビルの屋上に腰掛けていた。
 足の下は・・・遥か霞んで見える地上。屋上の縁に腰掛けた彼の足は高く組まれ、強風により時折揺れていた。細い肢体は今にも風に浚われそうに思える。
「ふん、手間掛けさせてくれるぜ」
 呟いて耳を澄ました。緋眼を細めて見上げた先は、満月に少し足りない14夜の月が青白い横顔晒している。
 ゼルマンは再び地上へ視線を向け、物騒な雰囲気を纏って溜め息を吐いた。
 無造作に飛び降りる。地上へ真っ逆さまに吸い寄せられる体に、ぞくりと背筋が震えた。それは落下により恐怖ではなく、この後に訪れる戦闘への高揚だ。
 闘将アスラの血は戦いを好む。同じ種族で殺し合うほど、その血は激しく退廃のムードに満ちていた。三世という、始祖に近い血は闘いの予感に沸き立つ。
 途中のビルへ足をつけば、そこが陥没して衝撃を吸収した。ビル壁を地上と平行に走り抜け、先ほど気配を感じた第二地区に降り立つ。
 旧市街地と呼ばれる、再開発が遅れたこの地区は闇の血族が多く隠れ住んでいた。
「さて、狩りを始めるか」
 ぱちんと指を鳴らせば、炎が周囲を包み込む。ポケットから取り出した煙草を咥え、ちらりと視線を落とせば先に火が点った。螺炎を自在に操るゼルマンにしてみれば、視経発火など児戯に等しい。
「まさか・・・あんたが動くなんてっ!」
「ゼルマン?!」
「嘘だろっ・・・」
 退屈を持て余していても、夜会のトラブルに首を突っ込むことがないゼルマン直々の攻撃に、廃墟ビルに隠れていた吸血鬼が色めき立った。
 呼び起こした炎がビルを舐め、次第に黒く染めていく。
 温度は加減してある。
 一度に焼き殺してしまっては、この興奮を抑え切れなくなる。自らの物騒な性(サガ)を理解しているゼルマンの手加減に、一人の吸血鬼が銃を取り出した。だが、ゼルマンの右側から撃ち込んだ8mm弾は力場思念で受け止められ、代わりに炎の洗礼が男を焼き尽くす。
 絶叫と呼ぶに相応しい断末魔の悲鳴が迸り、深夜の廃墟に木霊した。
「・・・・ゼルマン?」
 聞き覚えのある声にゼルマンが笑みを浮かべる。口元に浮かべた僅かな表情は、まるで止まらない己を自嘲しているようだった。
「銀刀、何故おまえが・・」
「彼らは私が追っていました。手を引いてください」
 年長であるゼルマンに対し、一歩も引く様子を見せずに願い出るジローへ赤い瞳が向けられる。しかし逸らすこと無く見つめ返す瞳に、結局視線を逸らしたのはゼルマンだった。
「無理だな」
「ですが・・・っ」
「もう遅い」
 口元の笑みが深くなった瞬間、ゼルマンの周囲の温度が上がった。一気に色を変えた炎がビルごと、潜伏している吸血鬼たちを焼き尽くす。悲鳴と焦げた臭い、熱風に巻き上げられた灰が場を満たした。
 本来、不死である吸血鬼が復活不可能な”死”を得た瞬間だった。
「っ・・・!!」
 息を呑んだジローが唇を噛み締める。
「・・・殺すことはなかったでしょうに・・・」
 ジローには、彼らがそれほどの悪事を働いたとは思えないのだ。
 尖った犬歯が唇を傷つけ、血を流した。
 甘い香りに誘われたように、ゼルマンがジローに近づく。立ち尽くすジローの顔がぼやける程近づいて、ゼルマンは触れそうな距離で囁いた。
「罪は分不相応な野心、ただそれだけだ。だが、それが万死に値することもある」
 この俺の手から、おまえを奪おうとした―――許される筈がない。
 唇から流れた血をぺろりと舌で舐め取り、ゼルマンは不思議と透き通った笑みを見せた。見惚れるジローを他所に、ゼルマンは首筋に残る血も丁寧に舐め取る。
「ちょ・・何をっ・・・」
 顔を赤らめて逃げようとしたジローの首に手を回し、強引に首に噛み付いた。
「や・・・・め、っ・・・あ・・ぁ」
 吸われる血と比例して流し込まれる強烈な快感に酔ったジローの黒髪に指を絡め、膝から力が抜けた長身を片手で支える。
「ジロー」
 崩れるように意識を手放した吸血鬼の名を呼ぶゼルマンの声音は、どこか切なさを孕んでいる。
 夜会に属する吸血鬼の一部が、銀刀が持つ賢者イヴの血を狙っていると知り・・・・・怒りが沸点に達した。ジローだとて古血だ。銀刀と異名をとる彼が簡単に殺されるとも思えない。だが不条理な怒りと高ぶる本能は抑えきれなかった。
 思考する冷静さを失ったゼルマンが取った行動は、皮肉にも夜会の頂点にする闘将アスラの血に最も相応しいものだった。
 ただ敵を殲滅する。流された自覚はあるが後悔はない。
「おまえは知らなくていい」
 呟いたゼルマンの声は風に消え、誰の耳にも届かなかった。

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【最遊記】旅の空
2009-11-02 Mon 17:46
 突然飛んできた刀を、硬い音を立てて弾き返す。キンと響いた金属音に三蔵は珍しく溜め息を吐いた。揺れるジープの上で、器用に足場を確保して如意棒を操る悟空が口元に笑みを浮かべる。
「なぁ、三蔵・・・は・・」
「煩いっ!」
 普段はジープの助手席に座る三蔵だが、今日は珍しく悟空の隣に座っていた。その肩を足場にした悟空を下から睨み付ける。
「足をどけろ・・」
「あっ、悪ぃ! つうか、腹減ったぁ・・」
 再び飛んできたナイフを弾いてぼやく悟空に、三蔵の怒りが爆発する。結局、悟空は足をまだどけていないのだ。取り出したハリセンで小猿の頭を引っぱたくと、スパーンといい音がした。満足げに座った三蔵へ、頭を押さえた悟空が呻く。
「何すんだよ・・・っ」
「足!」
 再び指摘され、慌てて三蔵の肩からシートへ飛び降りた。
「あははっ、悟空。食料ならあなたが食べたパンで最後です。次の宿場は1時間くらいかかりますね」
 後部座席の漫才のようなやり取りを笑いながら、八戒が口を挟む。自分に甘い保父さんに「え〜っ」とブーイングをだした悟空だが、突然表情を引き締めた。右手の如意棒を翳した途端、両側からジープの前に飛び出した妖怪に囲まれる。
「はぁ・・腹減ってるのに・・」
「だったらさっさと片付けようぜ。じゃないと・・」
 ずっとニヤニヤ笑いながら煙草を吹かしていた悟浄が錫月杖を手に立ち上がる。
「食事抜きの野宿になりますね」
 悟空が顔色を失うような未来をさらりと口にした八戒が苦笑いして、ジープを止めた。4人がジープから降りたのを待っていたように襲いかかる妖怪へ、如意棒を叩きつけた悟空が叫ぶ。
「冗談! 絶対にゴメンだぜ」
「なら片付けろ」
 三蔵の一言で、悟空が物騒な笑みを浮かべた。普段が幼いだけに、戦いの場で悟空が見せる表情は”斉天大聖”を彷彿とさせる。
 人でもなく妖怪でもない大地の子が振るう如意棒が伸び、纏めて妖怪達をなぎ倒す。三蔵の銃声を聞きながら、互いに肩を並べて戦った。血を噴いて倒れる妖怪が地を埋め尽くす頃、悟空が如意棒を回して地に突き立てる。
「よしっ、これで終わりか?」
「この・・・サル頭がっ!! 何度言ったら分かりやがる!!」
 スパーンとハリセンが叩いた後頭部を撫でながら振り向いた悟空が、顔を引き攣らせた。どうやら妖怪をなぎ倒した際に振り回した如意棒が、三蔵を掠めていたらしい。当然避けた三蔵だが、怒りに燃える最高僧は「死ね」と吐き捨ててトリガーを引いた。
「うわっ、マジ当たるって・・」
 脅威の反射神経・・・というより、野生のカンで逃げる悟空が八戒の後ろに隠れた。さすがに笑顔の八戒相手に撃つ気はない三蔵が、チッと舌打ちして煙草を咥える。
「まぁまぁ・・」
 仲裁に入った八戒と、茶化して三蔵に撃たれる悟浄、逃げ回る悟空―――どうという事はない・・・ささやかな旅の空での出来事。

 
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